アンコールワットに隠れるベトナムとカンボジアの歴史

アンコール・ワットは、カンボジアにある世界遺産でクメール王朝の遺跡です。
しかし、この遺跡の収益はベトナムに入ります。
というのも、アンコール・ワットはベトナムの会社が所有しているのです。

なぜこんなことになったのか?
カンボジアの歴史が大きく関わります。

フランスの支配を受けていたカンボジアは、
第二次世界大戦で、日本の占領地になり、戦後、再びフランスの保護国となりますが、
独立運動がおこり、カンボジア王国が成立します。

日本軍は、これまで支配されてきた有色人種の独立を訴えて大東亜戦争をしていたわけですから、
カンボジアの独立運動は自然な流れだと思います。
※大東亜戦争は東アジアで起こった第二次世界対戦の一部です。
学校の教科書では、東アジアから目をそらさせるため、太平洋戦争と書かれています。

ところが、1970年カンボジア王国でクーデターが起こります。

実はこの時、隣国ベトナムでベトナム戦争が起こっていたのですが、
ベトナムはソ連や中国が支援する北ベトナムとアメリカが支援する南ベトナムとに別れていました。

カンボジア王国の国王は、北ベトナムを支援し、南ベトナムとは国交を断絶します。
このことでアメリカ軍の空爆は北ベトナムのみならずカンボジアにも落とされ、
カンボジア国内は疲弊していきます。

そして国王が留守の間、親米派の将軍によってクーデターを起こされたのです。
このクーデターでクメール共和国ができるのですが、わずか5年で崩壊。
次に民主カンプチアができました。

この民主カンプチアですが、カンプチア共産党を主力とする、いわゆるポル・ポト政権。
ポル・ポトはエリートで、フランス国立情報工学校で学びますが、当時最先端であった
社会主義に傾倒していました。

歴史的に、資本主義の後に出来たのが共産主義で、最先端だったんですね。

また、ソ連や中国も共産主義になって生産性が向上して人々は豊かになったと、
大々的に宣伝していました。

しかし、その実態は、悲惨なもので、多くの人々が飢えで亡くなっていました。
ポル・ポトはこの事実を知らず、やはり共産主義を推し進めます。
そして、知識は一部の支配層だけが持つべきと考え、医者や教師、宗教家を皆殺しにしたのです。

当然、国内は内戦状態、これが20年間続きます。

こうした混乱の中、国の土地は他国に売り渡され、クメール人の遺産、
アンコール・ワットはベトナムの企業の物になりました。

国の上層部が間違えると、とんでもないことになるんだなと、改めて感じる出来事でした。

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