日本人は良く知らないエルサレム=後編=

前編はこちら↓

日本人は良く知らないエルサレム=前編=

そして時は流れて2000年後、ユダの国を作るチャンスがやってきます。

その間に、ユダヤ教からキリスト教、イスラム教が生まれます。

当時のエルサレムはオスマン帝国によって支配されていました。
オスマン帝国はイスラム教の国です。

イスラム教は、アラブ人の間で生まれましたが、イラン人(ペルシア人)や
トルコ人もイスラム教になっていきます。
※アラブ人とは、現在のサウジアラビア付近の人々

アラブ人は、計算に長けているイラン人(ペルシア人)を官僚に迎えます。
ところが、イラン人(ペルシア人)は戦闘に長けているトルコ人を傭兵にしてアラブ人を支配します。
トルコ人は、もともとモンゴル高原から中央アジアに移動してきた遊牧民で戦闘に長けていました。

はじめは従っていたトルコ人ですが、軍事力でイラン人から実権を奪い立場は逆転します。
こうして、軍事力をもつトルコ人がイラン人を従えて、イスラム圏の支配者層になっていました。

トルコ人→イラク人(ペルシア人)→アラブ人

つまり、オスマン帝国とは、少数のトルコ人が大勢のアラブ人を支配してる国なのです。

そんな国にイギリスが乗り込んできます。
イギリスはインドとの交易の為に、スエズ運河が欲しかったのです。
スエズ運河のあるエジプトは当時オスマン帝国に支配されていました。

イギリスはオスマン帝国と何度も戦いますが上手くいかず、ある作戦を思いつきます。

アラブ人に独立を約束し、オスマン帝国内で反乱を起こさせます。
一方、ロマノフ朝ロシアとフランスにアラブ人の領地を分割すると約束し戦争に参戦させます。
さらに、ユダヤ人にアラブ人地域の一部にユダヤの国を作ることを認める代わりに戦争の資金を出させます。

なぜ、国を持たないユダヤ人がお金を持っていたかというと、
当時、お金を貸すという商売は、さげすまされ誰もやる人がいなかったらしいのです。
何も持たないユダヤ人たちは、人が忌み嫌っていた金融という商売をやるようになり、
お金を持つようになったと言われています。

こうしてイギリスに内部や外部から攻められたオスマン帝国は滅んでいくのでした。
戦後、イギリスとユダヤ人との約束はなななか実行されず、第二次世界大戦後、
ようやく現在のイスラエル(ユダヤ人の国)が出来たのです。

しかし、ユダヤ人とアラブ人との争いは続き、聖地であるエルサレムを、イスラエル(ユダヤ人の国)の場所にするか
アラブ人(イスラム教)の場所にするか、関係が複雑すぎて長い間、認定するのを世界中がさけてきました。

この宗教的、民族的、歴史的問題が一歩前進したのかも知れませんが、まだまだ先が続きそうです。

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